建築から見た今後の温暖化対策シナリオとは?

国立環境研究所が主催、建築学会が共催のシンポジウム「建築から見た今後の温暖化対策シナリオとは?」に行ってきました。場所は三田の建築会館。環境省が後援しているせいか、はたまた脱温暖化2050プロジェクトはたくさんお金を持っているのか、入場無料なのに、

  • シンポジウム予稿集(表紙が立派)
  • The Economics of Climate Change 気候変動の経済学 Extensive Summary (Stern Review)
  • Comments on the Stern Review スターン・レビューに対するコメント
  • 2050日本低炭素社会シナリオ: 温室効果ガス70%削減可能性検討 (脱温暖化2050プロジェクト中間報告の要旨)

が付いてくる、という豪華版。うーん、すごい。

話は環境研の藤野さんとみずほ情報総研の宮下さんが脱温暖化2050に触れた以外は、建築がメイン。

エネ研の田中さんの話は面白かった。統計で何をやったかは語らなかったけど、どう処理するために統計を使うべきか、という話。あんな感じにプレゼンができるようになるといいなあ、と昼食時に友人と話したり。

以下は、自分用の覚書みたいなもの。なので追記へ。

HEMS(電中研の上野さん)

上野さんの話は、HEMSと言うべきか省エネナビと言うべきか、阪大のECOIS(辻研究室)の話。ちなみに、HEMSとはHome Energy Management Systemの略。つまり住宅エネルギー需要を管理するシステムね。省エネナビは省エネルギーセンターのサイトが詳しいけど、住宅での省エネ意識を喚起させるべく、時点ごとの瞬時あるいは積算のエネルギー消費量を表示するシステムのことです。省エネナビ自体に省エネ効果があるわけじゃないけど、体重計そのものにも減量効果がないというわけで。ちなみに、同じ表示するだけの省エネナビに対し、モニタリングだけではなく管理までおこなう分、HEMSの方が高級。

ECOISはサーバとか諸々込みで40万円程度かかるとのこと。今は研究だからいいけど、これじゃ家庭に普及しない。家庭に対してアンケートを採ると1万円弱なら導入しても良いとか。PC上のウェブブラウザで動くようにしてサーバを廃したり機器の周波数特性を利用して計測するようにしたりして低コスト化を図っても、1万円弱というのは厳しいような気がする。

でも、省エネコストを考えるともう少し高くてもいいような気がする。たとえば標準家庭だと電気代が月に10,000円、ガス代が5,000円弱程度か? すると光熱費は少なめに見積もって年に150,000円。導入後、大体10%くらいエネルギー消費量が削減できるようなので、年に15,000円の効果。耐用年数が10年だとすると、十数万円程度のコスト削減効果がありそう。ただ、上野さんは、導入したら自動的に削減できるものではなく、導入してエネルギー消費を意識すれば削減できるものだと言う。それでも50,000円程度なら導入できそうな気もするけど難しいかなあ。まだ実用化事例はないらしいが、セコムのようなセキュリティシステム企業とか住宅メーカーとかで、実際に導入できるシステムを開発中かも、とのことだった。PCじゃなくて、たとえば任天堂DSで操作できるようになると、もっと気軽に普及するのでは?と友人談。

ちなみに、このECOIS、導入直後はとても効果があるらしいけど、暫くすると面倒くさい省エネはやらなくなってしまうそうだ。始めから省エネをこまめにやっている家庭でも効果が薄そうだし。本当に10%削減できるのかどうかちょっと気になるところ。もうちょっと実証データが欲しい。

BEMS(宮城工専の宮城先生、環境研の吉田さん)

HEMSに対してこちらはBEMS。Building Energy Management System、つまりビルのエネルギー需要を管理するシステムです。ただ、ここでのBEMSは上野さんのHEMSとは違って、ビルの居住者がどう行動するかとかより、むしろ空調制御に重点を置いた話だった。吉田さんによると、環境研ではBEMSを導入したら84%空調エネルギーを削減できた、とか。ちょっと削減量が大きすぎるのではないだろうか。

建築エネルギー消費の実態調査報告とか読んでも、熱負荷シミュレーション結果の5倍のエネルギーを実は食っていました、なんて例は見たことがない。環境研が特殊すぎるのでは? 環境研ならば研究対象にしやすいんだろうけど、一般のオフィスビルでの報告が欲しいところ。

それと、折角のBEMSを純粋な空調運転の制御にしか用いないのは勿体ないような気がする。たとえば、居住者とのフィードバック(室温設定など)を介して、もうちょっとエネルギー消費を削減できないものだろうか。そういった視点での実験も欲しい。

地域熱供給(横浜国大の佐土原先生、日本工大の石田先生)

それぞれ東京都23区と宇都宮市でのエネルギーの面的利用についての話。電力は既に系統でつながっているので、熱の融通、平たく言えば地域熱供給の話。

地域熱供給といえばコジェネレーションシステム(CGS)。一昔前はCGSが騒がれた。発電所ではなく需要側の業務地区で都市ガスや灯油で発電して、電力を使うとともに、その廃熱も有効利用しよう、というわけ。給湯、暖房、そして吸収式冷凍機を通して冷房にも。理論的には廃熱を利用しない手はない。しかし、現実的には、オフィスの熱需要は電力需要に比べて小さい。特に給湯需要は小さい。熱需要の大きいホテルとか病院。あるいはオフィスとセットで集合住宅が近くに存在しないと有効には利用されない。

一方で、熱需要はヒートポンプで供給することも可能。最近、ヒートポンプの成長は著しく、エアコンや冷蔵庫だけではなく、ついに給湯機(CO2冷媒ヒートポンプ型給湯機、いわゆるエコキュート)や乾燥機にまで導入が進んできている。ヒートポンプは理論的(準静的過程)には成績係数(COP、効率のこと)を無限大にできるので、電力のCO2排出原単位如何によっては、都市ガスのCGSよりCO2排出が小さくなる。

そうすると、境界が気になるところ。折角なので計算してみると……。

都市ガスのCO2排出原単位は安井先生のサイトのものを利用させてもらう。1MJあたり51.3kg-CO2とのこと。今、ガスエンジンCGSの発電効率が40%(ちょっと高めかも)だとして、残りの60%の廃熱のうち半分が熱として有効利用できるとする。すると、0.7MJの需要(電力0.4MJ、熱0.3MJ)に対して51.3kgのCO2排出となる。

一方、これを電力でまかなうとすると、電力需要0.4MJはそのまま電力供給0.4MJ。熱需要0.3MJの方は仮にCOPが3とすると、電力供給0.1MJ。合計0.5MJの電力供給で需要がまかなえる。さきほどと比較すると、電力のCO2排出原単位が0.103kg-CO2/MJ(つまり0.369kg-CO2/kWh)より高ければ都市ガスCGS、低ければ電力の方が良い。

ここで電気事業連合会によると、2003年の電力の排出原単位は0.425kg-CO2/kWh。つまり、都市ガスCGSの方がいいというわけ。廃熱の半分を捨てずに使えれば、の前提だが(正直、甘めの設定だと思うけど)。

でも、長期を考えた場合、話はこれほど単純ではない。まずCGSはガスエンジンから燃料電池に移行するだろう。一方で、電力側はヒートポンプの効率が向上する上に、原子力やCCSの導入で発電のCO2原単位を落とす。

仮に燃料電池の効率を発電効率50%、廃熱利用率40%としよう。すると、0.9MJの需要(電力0.5MJ、熱0.4MJ)に対して51.3kgのCO2排出となる。一方、ヒートポンプのCOPが5に上がるとすると、CGSと同じ需要を達成するための電力供給は合計0.58MJとなる。すると0.088kg-CO2/MJ(0.318kg-CO2/kWh)を達成すれば電力側が優位となる。

0.318kg-CO2/kWhというのは小さな値ではない。現に、原子力の大きいフランスは0.06、水力の大きいカナダでは0.21、と既に下回っている(電事連まとめ。ただし、これらの値はおそらくLCCO2じゃなくて、運用時のCO2排出原単位。どの程度異なるのかは電源別のLCCO2を参照)。そもそも長期的には原子力や自然エネルギー、あるいはCCSを推進しなければならないということを考えれば、電力のCO2排出原単位はかなり低くなる/低くしなければならないはず(たとえば0.2kg-CO2/kWhあたり)。それを考えると、都市ガスシステムより電力システムの方が優位になるだろう。都市ガスCGSというのは残念ながらあまり将来性のない技術のような感じがする(もちろん繋ぎとしては必要だろうけど、同じく繋ぎとなるであろう原子力やCCSと比較して、あまりにも繋ぎとしての期間が短い)。

以上を踏まえると、CGSを前提とした地域熱供給って何だろう、と思ってしまう。そう思っているのは俺だけではなくて、座長の外岡先生も「これからは電力側で何とかなってしまいますからねえ」とコメントしていた。それに対する回答が聞きたかった。

2050年の温暖化対策シナリオ(慶大の伊香賀先生ほか)

伊香賀先生によると、さまざまな施策をとることにより、住宅からのCO2排出量を2010年には1990年比で1.11倍、2050年には0.39倍にまで削減できるそうだ。ちなみに2006年現在、1990年比で既に1.26倍になっている。

と、ここまでだと単なるシミュレーション結果なんだけど、実は京都会議(COP3)のときも伊香賀先生は似たような計算をしている。それによると、その時点でさまざまな対策(今回の施策より多少メニューが少ない)を実行すれば2010年には6%減、2050年には50%減になるという話だった。これは単なる結果ではなくて、建築学会の声明としてまとめられた。しかし、その後、CO2は増加して前述のように現在は26%増の有様。忸怩たる思いを抱く。そして、仮にそのメニューを今実施したとしても、既にCO2が増えてしまっているため、2050年には50%減を達成できないそうだ。

多分、今回の計算結果も少なくとも建築学会の声明にはなるだろう。脱温暖化2050プロジェクトの一環だから、環境省の声明(というかどうか分からないけど)にもなるかもしれない。でも、それでさまざまな施策がすんなり導入されるとはとても思えない。何か実効性のあることを言えないだろうか。たとえば、次世代基準以外の新築住宅を建ててはならない、建てた場合は建築士の免許を剥奪することを建築学会は勧告する、とか。

このままだと伊香賀先生の計算結果がまたもや本当に単なる計算結果に終わってしまいそうで、危機感を抱く。本当に何かできないだろうか?

とりあえず、こんなところ。ちなみにLCA計算で使わせていただいた安井先生のサイト、CO2排出係数の項の「kg-CO2/MJ」はおそらく「g-CO2/MJ」の誤植。後でメール打ってみます。

2007/03/05 03:30:18
2007/03/06 01:54:19

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コメント(4)

爆烈 ぎがんと :

そんな事よりNGEさんよ、ちょいと聞いてくれよ。
このあいだ、「発展途上者の日常録」とかいうサイトに行ったんです。
そしたらなんかHEMSとかBEMSとか略語がめちゃくちゃいっぱいでわけわかめです。
で、ECOISで検索したら証券会社のサイトが出てくるんです。もうね、投資サギかと。マジ疑いました。
お前らな、10%くらいエネルギー消費量減の為に幾らお金使うんだって。年に数万の効果だよ、朝珈琲一杯我慢すればいいんではないかと、怪しい絵画売り風に語ってみる。
と思ったら、ウチの勤務先のビルなんて20時以降は申請しないとクーラーつかないとか、エネルギー消費も仕事の効率もダウンです、とか。もう仕事する気も起きないので最近は早く帰るようにしてますが。


まあ、幾ら南太平洋の諸島の一つが満潮で沈んでしまっても世界的に何ら対策が行われていない事を考えると…

ここはNGEさんの言うように法制度して規制化しないかぎり普及しないんではないかと。

んげ :

うう。すみません。HEMS、BEMSの説明を加えておきました。ECOISっていうのは阪大辻研が開発したHEMSもしくは省エネナビの一種です。辻研のサイトにリンクを張っておきました。確かにHEMS/BEMSはともかく、ECOISは説明ないと分からんわ。他にも分からないところがあったら遠慮なく指摘してください。

しかし、ぎがんとさんのビルでもそんな試み、してるんだ。環境省は、意地でも省エネするために、確か20時を過ぎたら、残業職員は一部屋に集められて仕事する、なんてことをしているらしいけど、ぎがんとさんのような民間企業にも普及している、ということはそれだけ皆の意識が向上した、っていう理解でいいのかな?

そこまで理解があるのならば、今や、法制化の障害も低くなっているんじゃないか、と期待したい。

爆烈 ぎがんと :

多分、ビルの省エネはISOか何かで年何%の省エネ、というか無駄な消費の削減がどうこうとかって事でやってるんじゃないかな??

なんで、やっぱり法が無ければあんまし影響ないかも。

んげ :

改正省エネ法(エネルギーの使用の合理化に関する法律)だね。

建築関連だと、省エネ法で規定されるのは、延床面積2000m2以上の建物のみ。延床面積2000m2以上の建物を対象にした場合、大体、業務分野のエネルギーの半分くらいをカバーできるみたい。

でもって、延床面積2000m2以上の建物は、エネルギー使用量を毎年報告するとともに、エネルギー使用原単位で年平均1%減となることを目指す中長期計画を提出することになっています。

ただ、義務ではなくてあくまでも計画を提出するだけなので、本当に年平均1%ずつ削減できるのかどうかは難しいところだと思う。簡単な業種もあれば難しい業種もあるし。原単位に関してもエネルギー用途別にトップランナー方式のような制度ができれば面白いかなあ。建築の断熱構造に関してはオフィスビル、住宅を問わずに絶対にトップランナーが欲しいところ。今回の省エネ法でも、住宅は「~に努める」といった努力義務があるだけで、具体的な目標すらないんで。

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このページは、NGEが2007年3月 3日 23:59に書いたブログ記事です。

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